遺言書は老人だけが書くというイメージがありますが、現代では若いうちから遺言書を作成して準備しておくという人が増えているそうです。遺言書を作成することは、これまで生きて生きた人生を振り返ったり、これからの人生についてしっかりと考えるいい機会だと思います。ですから遺言を作成する年齢は一切関係がないということです。
相続人の中には生前被相続人の財産の維持などに特別な貢献をしたということで貢献に応じた金額が相続に加算されることがある。この加算分を寄与分という。具体的には無給で家業に尽くしたなどだ。親の介護をした子にも認められる。介護がなければ高額な施設に入る必要があったとみなされる。しかし寄与分は法廷相続人にしか認められていない。
全国オートバイ協同組合連合会(約1430社)に加盟するバイク販売店主やそのなじみ客らが、宮城県からの要請を受けて、被災地でバイク救援隊として、散在する避難所や、自宅にいて孤立しがちな高齢者らに食料や医薬品を届けている。
活動には延べ54人が参加、第1陣は3月28日に現地入りし、約1週間ごとにメンバーを入れ替えてきた。
メンバーは各集積所で、全国から集まる救援物資を仕分けし、段差があって車では通れなくなった道をオフロードバイクなどで走り抜けて、各避難所や水道・ガスなどの供給が途絶えた自宅で生活する人たちに配達する。通信手段がない山間部の避難所と市役所間の情報伝達も取り持ち、避難所からの支援要請事項を書いた紙を市役所に届けることもある。
震災から1カ月たつが、被災地の在宅障害者には、いまだ支援が届いていない実態がある。知的障害のある長女(29)らと宮城県石巻市向陽町の市営住宅に暮らす馬場きり子さん(69)は両足が不自由で震災後、両手でつえをついて買い物や給水に出かけている。救援物資は足りず、所持金も残りわずか。月に何度か様子を見に訪ねてきていた市職員も震災後は現れない。馬場さんは「誰かに声をかけてほしい」と悲鳴を上げている。
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馬場さんはもともと両足に障害があるうえ、2月21日に自転車に乗っていて乗用車との交通事故に遭い、右足骨折で全治6週間の重傷を負い、市内の病院に運ばれた。3月11日、入院先で地震に襲われた。ベッドが激しく動き、柵につかまって必死に耐えた。
障害者施設に通う長女とは即日連絡がついた。安否が分からなかった同居の次男が震災2日目、病室に現れ、自宅がかろうじて津波被害を逃れたことを知らせてくれた。次男は「食べる物がないから避難所に行ったが、『初日に来た人以外はだめ』と入れてくれなかった」と言う。馬場さんはまもなく退院し、娘も施設が浸水で使えなくなったため自宅に戻った。避難所に頼れない3人の在宅避難生活が始まった。
自治会を通じた救援物資はごくわずか。知人が分けてくれる米や飲料水を加えても、とても足りない。自転車なら片道10分ほどのスーパーや給水所まで40分かけて歩き、長女に荷物を持ってもらって帰る。
収入は馬場さんと長女の障害者年金だが、足の治療費がかさみ、15日の振込予定日まで残り1万円しかない。生活相談に乗ってくれていた市の職員も震災後はまったく訪れず、窮状を訴える相手もいない。
馬場さんは以前から進んでやっていた自宅前のごみ収集所の整理を、今も毎日続けている。「つらい時ほど頑張らなくては」と思うからだ。被災した家具や衣類などが捨てられ、収集所には大量のごみが積もる。馬場さんは、それらを黙々と片付ける。
心の支えは家族の存在だ。10日午後、神奈川県平塚市の長男家族から救援物資が届いた。玄関先で段ボール箱を開くと、衣類や食料とともに、6歳の孫が書いた手紙が入っていた。小学校に上がったばかりの女の子だ。
「いちねんせいになりました。たくさんべんきょうして、ともだちたくさんつくるよ。またあそびにいくからまっててね。おげんきで」
馬場さんは「支えてくれる人もいる。でも地域からは、私たちは見放されている。誰かに声をかけてほしい」と訴える。【黒川晋史】
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外務省は12日午前、米国のクリントン国務長官が17日に来日すると発表した。
長官は訪問先の韓国から17日午前に来日し、菅首相、松本外相らと会談して東日本大震災を受けた日米連携などについて協議する。17日午後まで滞在する予定で、都内にある被災者避難施設の訪問も検討している。
東北新幹線は12日、東日本大震災の影響で運転を見合わせていた、栃木・那須塩原―福島間で運転を再開した。
在来線の東北線も福島―仙台間が復旧。東京―仙台間が1か月ぶりに、鉄道で結ばれた。また、福島―新庄間で折り返し運転していた山形新幹線も、東京―新庄間で直通運転が再開。JR東日本によると、東北新幹線の東京―新青森間の全線再開は4月末から5月初旬になる見通し。
7日深夜の余震以降、運休が続いている東北新幹線の新青森―一ノ関間は新たに見つかった架線の損傷などの復旧作業を進めている。運転再開は、新青森―盛岡間が13日、盛岡―一ノ関間が24日頃の予定。福島―仙台間も27日頃には運転を再開する見通し。